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『……離婚したいの。サインして出しておいてくれる?』
わけがわからなかった。
仕事を終えて家に帰ると、電気は真っ暗。ダイニングテーブルの上には記入済みの離婚届。
パニクって携帯に電話をかけると、妻の第一声はそれだった。
「いや。待って、待ってよ。いきなりどうしたの? 理由は?」
『とにかくもう終わりにしたいの。荷物は今度取りに行くから』
「待っ――…」
ツーツーツー
切られた。
かけ直しても出てくれない。
「……なんなんだよ。いきなり」
凛子(りんこ)とは結婚して2年。うまくやっていたつもりだった。家事も協力していた。
仕事にかまけて放ったらかしにしていた部分はあったかもしれないが、そんなことで離婚を言い出すような女ではない。
結婚前から俺の仕事が激務なことは知っていたし、応援してくれていた。
凛子の誕生日や結婚記念日はレストランを予約してお祝いもした。
いったい何故。
回らない頭でいくら考えても答えは出なかった。
それに妙なのが、凛子は俺の分の夕飯を全て用意した状態でいなくなっていた。
鍋にはビーフシチュー。冷蔵庫にはサラダ。ご飯は保温。
(嫌いな相手にこんなことするか?)
夕飯を作り終えた後で衝動的に離婚したくなって……いや。そんな感情的に物事を決めるような女じゃない。
……他に男ができたんだろうか?
それで後ろめたくてこんなやり方を?
凛子はまだ24歳。派手系の美人では無いが素朴で可愛いし、モテないことはないだろう。平日は近所の眼科の受付でパートとして働いている。
相手はそこの医者か? それとも患者?
いやいな。よりにもよって凛子が浮気なんてするわけがない。
絶対に無い。だって凛子は俺を愛している。
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