64人が本棚に入れています
本棚に追加
黒髪の短髪。調査会社にそんなの必要なのかってくらいに鍛えられた腕。汗を拭きながら福井は言った。
「――…せんぱぁい。それ完全に捨てられてるじゃないっすか!」
「ッ捨てられ――…」
思わず大きな声が出た。少し周りの目を気にしてから、俺はアイスティーを飲みながら小さな声で福井に返事をした。
「そんな。俺はちゃんとやってきたぞ。優しくしていたし、金銭面で困らせたこともない。何より凛子を愛してた」
福井が神妙な顔をして言った。
「それ……みんな言うんスよ。離婚を切り出された男側は。嫁の心境の変化にまるで気がつかない」
「……でも凛子は一昨日までは普通だったし……」
福井はアイスコーヒーにミルクを入れてストローでぐるぐる混ぜた。
「実は俺……偶然3日前にこの近所で凛子さんに会ったんスよ。今思えば凛子さんの顔少し暗かったような……」
「本当か!? 何を話した?」
「いや。ただの世間話しかしてないっスよー。後は……ああ。お義母さんが明日遊びに来るからカステラ買いに来たって凛子さんが言ってましたよ」
「母さんか……」
凛子と母さんは仲がいい。しょっちゅう二人でお茶したり買い物に行ったりしてるようだ。
福井が疑いの眼差しで俺を見て続けた。
「嫁いびり。先輩の知らないところで日々……」
「……バカな。それは無いよ。もしそうならそんなにしょっちゅう会わないだろう。それに母さんは凛子のことを溺愛してる。自分の娘みたいだって」
俺は男3兄弟の長男。娘ができたようだってとても喜んでいたし、凛子も本当のお母さんができたみたいだと言っていた。
「わっかんないっスよー。旦那は気づいてないってパターン結構ありますからね。凛子さんも気を使って言い出せなかったんじゃ……」
母さんに限ってそれは無いと信じたい……けど。
「……一応、電話で聞いみるよ。2日前の凛子の様子と合わせて」
俺は母さんの携帯に電話をかけた。
最初のコメントを投稿しよう!