64人が本棚に入れています
本棚に追加
田部眼科のドアを開けると、受付にいた若い茶髪の女の子が顔を上げて言った。
「すみませーん。もう午前診終わっちゃったんですよー。午後診は16時からですー」
「あ。いえ……俺はあの、ここに務めていた東城凛子の夫で――…」
受付の奥の方から「キャー」という声が聞こえた。それとヒソヒソと話す声も。ところどころ『東城さんの』とか『やだー』とか筒抜けで聞こえた。
受付に立っていた“佐々木”とネームプレートをつけた女の子が気まずそうな顔で俺にニコッと笑った。
しかしその顔は引きつっている。
不穏な気配。
俺の後ろから福井がひょこっと顔を出した。
「怪しいっスねー。なんかありますよこりゃ。だってもう先輩は若い子にキャーキャー言われるトシじゃないっスからね」
「……わかってるよ。あの、すみません。何か知ってますか?」
受付の佐々木さんは「いいえー」と言ったがその目は俺を見ようとしない。
福井が受付にバン、と1枚の紙を置いた。
「しょうがない! これでどうっスか」
福井が出した紙は
『焼肉屋十吉飲食代30%オフ優待券 1枚で4名様までご利用可能』
「おい福井。相手は女の子だぞ。そんな焼肉なんて――…」
「えー! 貰っちゃってもいいんですかー!? 嬉しー!」
佐々木さんは券を手にして目をキラキラと輝かせていた。
(いいんだ……)
振り向いた福井がドヤ顔で言った。
「チッチッチ。せんぱぁい。20代の女の子は肉食いますよー。急に食いたくなるのが若さ! ……やっぱり先輩は女心がわかってないなー。ねえ、佐々木さん?」
「え? あー……いえ……」
福井がずいっと受付に身を乗り出して言った。
「ねえ。凛子さん浮気してたんでしょ? もうわかってんスよー証拠もボロボロ」
「おい――…」
「やだ!」
佐々木さんが目を丸くして口元を押さえた。
次に佐々木さんが言った言葉に、俺は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
「東城さん不倫バレちゃったんだ! やばーい!」
最初のコメントを投稿しよう!