第1章

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1.  新学期が始まった。  クラス替え後の初日であり、どの教室の生徒たちも、そわそわとしていた。  そんな中、東京都練馬区立桜ヶ丘中学校2年B組の教室では、その日の最後の授業である道徳の授業が行われていた。  担任の新垣先生の声が、教室の隅々まで響き渡る。  「いいか、みんな。お金を稼ぐっていうのはだな、本当に大変なことなんだぞ!」  新垣先生が、生徒たちの顔を見回した。お前たち、本当にわかっているのかとでも言いたげな表情だった。  新垣先生と目の合った松本拓海は、思わず顔をうつむけた。  (大変なことなんだぞと言われても、オレ、働いたこともないし……)  ほとんどの生徒が、働いたことがないはずである。  アルバイトも、校則で禁止されている。家が商売をやっている生徒だと手伝い程度で働いたことはあるのかもしれないが、お金なんてもらっていないだろう。  「千円を稼ぐためには、どれだけの仕事をしなければならないと思う?」  新垣先生の力説が続いていた。  ファミレスで一時間皿洗いを続けても、コンビニで一時間働いても、もらえるお金は千円よりも少ないらしい。  そんなものなのかと、拓海は思った。  顔を上げた拓海は、斜め右に視線を向けた。  視線の先には、セミロングの髪型がよく似合う女子生徒の後ろ姿があった。岡田七海だった。  親友の橋本海斗とともに、彼女も、幼稚園のときから知っている幼馴染である。  あるときから、拓海は、自分自身の気持ちの変化を感じていた。そして、戸惑っていた。  変化とは、七海のことを可愛いなと感じるようになったということである。  そのことが頭に浮かんだ拓海は、ひそかに顔を赤くした。  なぜ、そんな風に感じるようになったのだろうか。少なくとも、小学校を卒業するまでの間は、そんな風に思ったことなどなかったはずなのに。  拓海は、恥ずかしさから逃げ出すように、新垣先生に視線を戻した。  そんな拓海の耳に、「だからみんなも、一生懸命に働いているお父さんやお母さんに感謝をしなければならないんだぞ!」と言い放った新垣先生の声が飛び込んできた。  道徳の授業が終わり、掃除を済ませた生徒たちが、一斉に帰り支度を始めた。  拓海も、スクールバックを手に取った。学校から配られた資料がたくさんあり、バッグの中身が、朝よりも重たく感じられる。
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