473人が本棚に入れています
本棚に追加
口に咥えた状態で吸えないとなると、余計に吸いたくて仕方がない。まだ朝早い為、通行人はひとりも居ないうえ、見渡す限り近くにコンビニも無い。
「あーマジか、ちょっと待てよおいー……」
煙草を咥えたまま、座り込んで鞄の中を改めて確かめる。だけど、使い慣れた100円ライターはどこにも見当たらない。
「ん」
「ん?」
目の前に差し出された、シルバーのジッポー。つつ、とそこから視線をずらした瞬間、唇にひっかけていた煙草を強く噛んでしまい、プチっとフィルターのカプセルが潰れる音が鳴った。
「――さ、佐野」
ジッポーオイルの香りが鼻孔をくすぐる。この香りが好きで、何度かジッポーに手を出した事はあるんだが、どうも手入れが面倒くさくて長続きしない。
だけど、目の前にあるジッポーは程良い光沢を保ち、ホイールも綺麗で。
何をするにも面倒くさがり、いつだって怠惰なこの男が手入れしているのだろうか、と正直驚いた。
佐野 郁斗(サノ イクト)。
大学の同級生で、真壁や志摩とともによくつるんでいる奴のひとりだ。まさかこんな所で、こんな時間に合うだなんて――と、背筋に冷たいものが流れる。
ユウが居なくて良かった。ラブホから男2人で出てくるなんて、確信的すぎて誤魔化しようがない。俺がゲイである事は、真壁だけが知る事実だ。知られるわけには、いかない。
固まってしまった俺に焦れたのか、ホイールを擦り火を点けたそれをぐっと近付けてきた。
「お、おう。さんきゅ」
「ん」
じじ……と巻紙の焼ける匂いと、メンソールの香り。心の底から求めていたそれに、思わず息が漏れた。
.
最初のコメントを投稿しよう!