color1:Black

13/16
前へ
/152ページ
次へ
 口に咥えた状態で吸えないとなると、余計に吸いたくて仕方がない。まだ朝早い為、通行人はひとりも居ないうえ、見渡す限り近くにコンビニも無い。 「あーマジか、ちょっと待てよおいー……」  煙草を咥えたまま、座り込んで鞄の中を改めて確かめる。だけど、使い慣れた100円ライターはどこにも見当たらない。   「ん」 「ん?」  目の前に差し出された、シルバーのジッポー。つつ、とそこから視線をずらした瞬間、唇にひっかけていた煙草を強く噛んでしまい、プチっとフィルターのカプセルが潰れる音が鳴った。 「――さ、佐野」  ジッポーオイルの香りが鼻孔をくすぐる。この香りが好きで、何度かジッポーに手を出した事はあるんだが、どうも手入れが面倒くさくて長続きしない。  だけど、目の前にあるジッポーは程良い光沢を保ち、ホイールも綺麗で。  何をするにも面倒くさがり、いつだって怠惰なこの男が手入れしているのだろうか、と正直驚いた。  佐野 郁斗(サノ イクト)。  大学の同級生で、真壁や志摩とともによくつるんでいる奴のひとりだ。まさかこんな所で、こんな時間に合うだなんて――と、背筋に冷たいものが流れる。  ユウが居なくて良かった。ラブホから男2人で出てくるなんて、確信的すぎて誤魔化しようがない。俺がゲイである事は、真壁だけが知る事実だ。知られるわけには、いかない。  固まってしまった俺に焦れたのか、ホイールを擦り火を点けたそれをぐっと近付けてきた。 「お、おう。さんきゅ」 「ん」  じじ……と巻紙の焼ける匂いと、メンソールの香り。心の底から求めていたそれに、思わず息が漏れた。   .
/152ページ

最初のコメントを投稿しよう!

473人が本棚に入れています
本棚に追加