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「・・・あれ、あの人・・」
オールを漕ぐ手は休めず真央は潟に沿って整備されている遊歩道に目をやった。
やっぱりあの時の人だ───リュックを背負った男が自転車に跨ってこっちを見ている。
沙織と行ったバーガーショップで偶然そこで働く彼を見てから三日が過ぎた。
あの時失くした自転車の鍵は、真央と同じくこの潟を練習場所にしている大学のボート部の学生が拾ってくれていて、次の日の練習中にわざわざ訊ねに来てくれた。
付き合ってもらえないかな───ついでにその男子学生に告られた事を思い出し、真央は顔が熱くなるのをごまかすように頭を振った。
ガコンッ!!
オールの操作を誤って艇の舳先にぶつけてしまった。
「こらぁっ真央、ボケッとしないよ・・・彼氏さん向こうで見てるよ」
八人乗りのエイトと呼ばれる艇のコックスという司令塔役を務める聡美の野次に真央も負けじと返す。
「まだ彼氏と決まったわけじゃないっつーの。声大きいよ」
「またまたぁ・・・・シングルやってる大女に告ってくれるような物好きさんはそういないって。大事にしようねぇ」
アハハハと、エイトを漕ぐ他のメンバーからも笑い声が上がる。おまけに人数が多い強みですいーっと追い抜かされたものだから、真央は悔しさのあまり歯軋りした。
「もうっ・・・もう・・・何よ」
ぷうっと頬を膨らませ視線を遊歩道の方に向けると、そこには既に自転車の男の姿は無かった。
部活が終わりお疲れさまの言葉が飛び交う中、真央も帰り支度をして帰途につこうとした。
「お疲れ」
目の前に鍵を拾って届けてくれた男子大学生が笑顔で立っていた。
「あ・・・お疲れ様、です」
事情を知っている部員がヒューヒューと冷やかしの声をかけてくる。
「やめて、そんなんじゃないんだってば・・・もうっ」
手で追い払ってやっと二人きりになると、今度は沈黙が気まずかった。
「そんなんじゃ、ない? やっぱり俺、ダメ?」
身長168cmの真央が見上げるほど背が高い彼はやはりボート部らしく日焼けしていて逞しい身体をしていた。
「ごめんなさい・・・そうじゃなくて・・」
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