1.あの子の名前

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「なに怒ってんだよ?」と、冗談の続きみたいな軽い口調でヒロムは言う。 そうだ、私たちは、喧嘩なんかしたことない。 だから、きっと、こんな状況に二人して慣れてない。続かない緊張感はそのせいだ。 「わかってよ」 「何を」 「察してよ」 そう言ったら、「わかんねーよ」と、少し間を置いて呟いた。 わかんない。 じゃなくて、考えたことないんじゃないの。 わかろうなんて、思ったことないんじゃないの。 そこで、ヒロムの携帯が鳴動した。 音が止んで、カーソルを動かしているのか、キーボタンを指で押す音が聞こえた。 「機嫌悪いなら、帰る」 そんなに簡単に言わないでと思ったのに、口に出せなかった。 ベッドから顔も出せないままでいると、ドアの開閉音だけ静かに響いた。
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