1.あの子の名前

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「いらっしゃいませ」 営業時間の終了10分前に駆けこむとはいい度胸をしているな、なんて思いながらもレジから明るい声を出した。 閉店作業を早めにしていなくて良かったと、手にしたダスターを手元に置いた。 来店した女性は会社帰りのOLといった風貌で、軽く巻かれた髪の毛もボリュームのあるまつ毛も嫌味なく似合ってる。 だけど、たぶん化粧をしなくてもこの女性は綺麗だろうと想像させたのは、パッチリとしたその瞳のせいかもしれない。 トレイに数個ドーナッツを乗せると、私が立っているレジに向かって来た。 「あの、メープルチュロスはありませんか?」 「えっ?」 ガラガラの店内、なくなりかけてるドーナッツ。気付けよ。ここにあるだけで、終わりだって。 「申し訳ありませんが。メープルチュロスは本日はもう売り切れてしまって」 「作ってもらえませんか?」 「申し訳ありません。当店20時半までの営業時間ですので」 そう伝えると困ったように眉毛を下げた。 美人ってだけで、これだけあつかましくなれるものなのか。いい大人なのに常識がない。普段からチヤホヤされて感覚がマヒでもしているのだろうかと疑いたくなる。
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