1.あの子の名前

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日曜日の朝に、微熱が出た。 確か今日は、休みの希望が多くて人が足りないとか言われていた。休むわけにもいかないし、微熱だし、バイトに行くことにした。 最初のうちは気力だけでどうにか過ごしていたのだけど、午後になると身体の節々が痛くなってきた。立ってるのがちょっと辛くて、客の切れ間、切れ間で何度かしゃがんだりして自分を誤魔化してた。 隣のレジのバイトの子から「どうしたの?」なんて言われたけど、「足が疲れた」なんて言ったら、「私も」と微笑まれ、誰も私が体調不良なんてことには気づかない。 ヒロムは休憩室で待っていてくれてた。 「お疲れ」と声をかけると、「お疲れ」と答えながら、操作していた携帯をズボンのポケットに閉まった。 「今日、どこ行く?なんか食べてく?」と、ヒロムは提案する。 「そうだね」 携帯に、地元の友達の紫(ユカリ)からメールがきていた。 『今日、彼氏の家に泊まりたいんだけど。亜実の家に泊まるってことにしていい?名前、かして』なんてお願いの文章に、『いいよ』とあっさりとした返事を送った。 お泊りか。私はヒロムの家にお泊りどころか、遊びにも行ったことがなかった。 誘われる前に、親がうるさいから連れてけないんだなんて言われたから。 付き合って一年くらい経つのに、私と彼はキスしかしたことがない。 紫も、私と同じ時期に彼氏が出来たけど、お泊りだってしてるし、もちろんキス以上のこともしてるらしい。 だからって、自分からそういうことしようなんて言えないし。別にとてもしたいというわけじゃないし。 友達っぽい感覚のほうがずっと勝っているんだろうな。 なんか、それって、おかしいけれど。そんな感覚が、胸にすっと馴染んだ。
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