第3章

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すっかり冷めてしまった酔いをどうしようかと 帰りのタクシーで考え、駅前で降りてスーパーに入る。 「オレ」 耳に挟んだスマホが応答したと同時にひと言。 聞こえてくるのは間違いなく尚子のものだ。 『オレオレ詐欺ってきっとこんな感じなのよね』 「マスカルポーネ、あったっけ?」 『うーん、オレオレ詐欺でマスカルポーネあるかどうか尋ねないわよね』 「レーズンは?」 『うちにはお金、ありませんから』 いや、引っ張るね、オレオレ詐欺。 「ああ、そもそもバゲットはある?」 苦笑が出かかった時だった。 『幸ちゃんお腹空いてるの?』 やっと尚子から返事が返ってきた。 「飲みたい気分なんだ、ナオも飲むだろ?」 『やだ、どうしたの? バゲットもレーズンもマスカルポーネも メープルもあるわよ? じゃあ、何か軽いもの作っとくから』 「サンキュー」 ほんとに有り難いと感じる。 ワインとスパークリングを1本ずつ持って帰る頃には、少しずつのアペタイザーが数種類出来上がっていた。 「おかえりー、幸ちゃん お風呂入ってきて?マスカルポーネ、練っとくから」 「悪いな、食べてくるって言ったのに」 「うん、大丈夫」 玄関を上がった所で、尚子を抱き締めた。 「やだ、なに、どうしたの」 「いや、多少は酔っ払ってるから?」 「もう!早く入ってきて!!」 普段は滅多にしないような行動を酔いの所為にして 瓶をむくれた尚子に押し付けた。 いつも綺麗に磨かれた浴槽に身を沈める。 後藤はどうやって生活してんだろうな。 オレはこうやって、風呂も出来てるし 食いたい、と言えば何かしら用意され 一緒に飲もうと誘えば待っていてくれる人がいる。 独身の頃なんて、どうやって過ごしていたんだろうか。 滅茶苦茶やっても許されるような年代だったし あまり覚えていない。 ああ、勉強はあまりしなかったな。 立ち登る湯気を深く吸い込む。 ハーブが湯で温められて程好い香りが気持ちを落ち着かせる。 気持ちよく酒を飲めそうだ、と調子よく風呂場を出た。
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