第1章

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「お父さん、遅い」 「悪い」 不貞腐れた顔が…… こうも違うもんなのか。 呪文を唱えていた彼女と目の前で真っ白な面を顔に張り付けている我が娘とを比べている自分がいる。 「もう、寝るんだからね?」 下から睨んでくるその眼差しは 抑揚のない白い面の恐怖に拍車をかけた。 ‘お肌のパッキング’だかなんだか知らないが 女はいちいち大変なんだな。 「ほら、紗良(サラ)、お父さんだって予定がいろいろあるんだから 明日の朝戴きなさい?」 「もう、お母さんは甘いんだから 仕事だか、なんだか分からないよ? 歳のわりにはちょっとイイ男なんだから!」 全くその通りだ。 仕事ばっかりしてる訳じゃない。 「おい、歳のわりに、って言うのは余計だろ」 画に描いたように、幸せな家族の会話だろ? 実際、幸せな家庭なんだ。 何事にも協力的な妻に まだ、家族の団欒を大事にしてくれる娘。 うまく流れているのは家の事だけじゃない。 仕事も趣味も滞りなく 順風満帆。 まぁ、悩んでいる事があるとするなら…… 今度の冬期講習の目玉はどうするか、ってとこだけだな。 あちらこちらにいる名物講師。 惹き付ける授業をするのが当たり前の今 何か違う取り組みをしていかなければならない。 そして、3月いかに合格率を上げたかが、 全ての結果に繋がるんだ。 「お父さん、お風呂はいってきたら?」 紗良が手で白い面を押さえている。 毎晩よくもまぁ、欠かす事なくペタペタと顔ばかりの手入れを抜かりなくしていられるな。 もっと違う所を研くことに勤しんだ方がいいんじゃないのか、と思っていたとはいえ、決して口にしない。 自分でいつか気付くだろうと、ちょっとした 淡い期待をまだ持っているからだ。 「そうしよう」 和やかに笑う妻の顔は穏やかで 遅くに帰ってくる事も、紗良の言いがかりにも 動じてはいない。 そりゃ、そうか。 愛のあるセックスは妻以外にはしないからだ。
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