第6章

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葛藤が込み上げてくるのを飲み込みながら足早に浴室へと飛び込んだ。 こんなことはあまり経験がないことだった。 余裕が、ない。 とでもいうのだろうか。 「余裕なんて……」 元々ないだろう。 洗面の鏡に写った50のオトコ。 時間を余らせるようになった最近、パーソナルトレーニングを組み込むようになった。 カラダは使えば、鍛えればそれ相応に出来上がってくる。汗をかいている時間はそれだけに打ち込めるから、余計なことを考える必要がなかった。 「ここまで真面目にカラダをつくったことは、なかったな」 見た目だけは若くても 中身はどうだ。 些細なことも処理しきれない 性能の堕ちたコンピューター。 アップデートしようにもストレージはいっぱい。 いや、見てくれだけのカラダだってそうだ。 一見、張りのある筋肉は やはり年齢相応、大きなパワーを出し続けるには若い頃よりも負荷がかかり 疲労だって激しい、はず。 ずっとひた走ってきた ここらで、一度くらい 何かを、全部を振り返らなきゃならない時なのかも しれない。 鏡の中の自分と、ピタリ視線が合って その顔ツキはいたって精悍。 ただ、自分にだけはわかる。 なにかどこか 埋めようのない穴が開いてしまって それはどうにもならないんだと 気付いてしまった。
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