第6章

8/14
前へ
/236ページ
次へ
久しぶりだ。 以前はよく、ここに来ていた。 眺める景色は前と変わらない。 変わったのは 「オレ」 か。 こんなことは、有り得ることなんだろうか。 こんなこと? まさか自分が…… そこまで考えてコーヒーを啜る。 ちょうど対面、窓際の隅では仕事をしているのだろうか、スーツの男性が忙しなくキーボードを叩いていた。 不思議な縁だった。 あそこの席でたまたま並んで座っただけで たまたまめちゃくちゃな数学が見えて そう、全ては偶然。 そんな、偶然が また再会に繋がり、そして…… たまたま見上げたそこに 手洗いの脇から、何食わぬ顔をして歩いてくる偶然をまた見つける。 立ち上がって、せっかくのコーヒーさえも忘れて ちょうど店を出たところでこうしてまたその偶然を捕まえた。 「斉藤!」 酷く驚かせたのだろう。 見開かれた瞳が揺れて、中で瞬間に膨らんだ黒が見えたくらいだった。 「む、室館さん?」 違和感が溢れ出した。 「なんで、ここに?」 今度はこっちが躊躇している間に落ち着きを取り戻した斉藤が首を傾げた。 斜めに降り注ぐ朱色の光が、もうほとんど無くなり そこから棚田のように拡がる藍が描くグラデーション。 斉藤の後ろに伸びた長い影がまた、ビクリと揺れた。 そりゃそうだろう。 オレが まさか、こんなことをしたからだ。
/236ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8128人が本棚に入れています
本棚に追加