第6章

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世間体と常識 日本語は堅苦しくて ややこしい。 関係ないといったら、それは大いに嘘だ。 妻子ある教育者を語る男が 闇に紛れてとはいえ 人目につかなくはないこの場所で こんな大それたことをするなんて。 常識ハズレにも、程がある。 さっきよりも、一層開かれた瞼がピクピクと痙攣する様を誰よりも一番近くで感じた。 日が暮れると、空気の冷たさは加速する。 掴んだ右腕はピンと硬く張り その瞬間だけ、呼吸は音を無くし 全身が一本の棒になったかのように竦んだ斉藤。 ほんの一瞬だけ、重ねた唇が 軽はずみな行動ではなかったと証明するかの如く 低い音を紡ぎ出す。 「斉藤、時間ある?」 瞬きだけが今の彼女のアクションだった。 理解に苦しむのが普通だ。 こんなところで呼び止められたと思ったら 親子ほど年の差のあるオッサンに 柔らかな唇を奪われて 挙句の果てに連れ去られようとしているんだから パニックにならないわけが無い。 “室館さん”、そう呼んだ、お前のこの口が 悪い。 気がふれた……いや、振り切ったオッサンを甘く見るなよ? 「車まで歩いて」 掴んだ腕を引っ張って いつもの場所で息を潜めた車の中へ 彼女をまんまと閉じ込めることに成功した。
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