第3章

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受験シーズンが終わったからと言って 一息付いていられる訳ではない。 「塾長、えーと、決算報告書を三島さんから……」 「塾長!来期のコマに変更出ましたー、こっちが修正済みです」 「塾長、親御さんからお礼の品届いていますが 対応はいつもと同じで宜しいですか? それとも……」 なんで決算を年度末にしたんだ。 くそ。 講師室の慌ただしさは変わる事がなく 処理と処理と処理の山に埋もれていく。 「塾長」 「今度は何だ」 呆れた具合が伝わっただろう、と思うくらいの うんざり声だった。 掴んでいた書類の束をポンと机に放り投げ、ギシリと椅子の背凭れを軋ませる。 この椅子にして良かった、と思うのはこんな時だった。 エルゴノミクス設計のリクライニング機能付きシートは背骨に沿って身体をふわりと包み込んでくれる。 体圧を分散させる事で'座る姿勢'にかかる負荷を軽減してくれるんだ。 「塾長」 「だから、何だ」 顔を上げるとそこに立っていたのは つい2日ほど前にオッサンを誘惑した水島だった。 「お茶です」 もう、そんな時間か、と入り口の上にかかった時計を見上げた。 彼女は入社してから自分の出勤時には必ずこうしてお茶を淹れてくれる。 「ああ、有り難う」 「いえ、どういたしまして」 湯呑みがいつもの場所に置かれて それと一緒に四角の包みが3枚添えられている。 見た目、周知のチョコレート専門店のものだったが 「これは?」 と、尋ねてみた。 あくまでも真面目な顔で答えた水島。 「賄賂です」 流れる沈黙が疲れた頭を和ませた。 「そうか、受け取っても辞任にはならないだろうな?」 少し笑いながらその包みに手を伸ばした。 甘いモノは苦手だ、とこないだ告げたばかりなのに それを口に放り込み、パリパリと砕く。 たぶん、この机の上の紙とファイルばかりの様を見て気を利かせてくれたんだろう。 有難い事だった。 「美味い」 「そうですか、ご無理なさらずに」 ニコリ、と微笑みながら耳に掛けた髪。 青いピアスがチラ、と光った。 ただでは退かないのはもう分かっている。 「それ、媚薬入りデス」 小さな声で呪文を残し去っていく。 ちょうど2枚目を手に取ったタイミングだった。 呪いじゃなければいいな、と思いながら パリパリと軽い音を響かせた。
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