第3章

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「さて」 塾を出たのは19時半だった。 目指すは環線通り沿いのコーヒースタンド。 せっかく行くんだからブルーベリースコーンでも買って帰るか。 後藤に場所のメールを送って、返ってきたのが "えー、チェーン店じゃないですか!" だと。 オレはここでボーっと考えて 色々を纏めるのが好きなんだよ。 そういえば、斉藤 遥に会ったのはここだったな、と 目を細める。 オレの教育者魂に火をつけた女子高生だ。 彼女の結果に称賛を贈りたい。 空いた駐車スペースへキッチリと車を収めるのも ここに来た時のルールのようなものだ。 今日も素晴らしい空間の感覚に思わず上がる口許。 狂いは許されない。 自分だけのつまらないルールだ。 など、と自分に課す辺りが、かえって笑いを誘う。 だいぶ温かくなってきたな、と店に入るまでの間に感じた。 もう後少ししたら、桜も咲き始める事に少し期待しているのは日本人だからだな。 扉の中へ一歩入ると、コーヒーの香りが鼻を占領する。 緑色を主体とした落ち着くカラーの店で待ち人を探した。 目立つ容姿の男はすぐに確認できた。 ノートパソコンを机に置き、そこを睨みながらキーをタッチする。 若さが羨ましくなった。 くそ、無駄にむかつくな。 一回りと少しだけ若い後藤はその才能を遺憾無く発揮し、自分の立ち上げた業を大きな波に乗せ IT業界という日々、億や兆の単価が動く海原で舵を取る強者だ。 羨ましいのは若さだけじゃないな。 俯いて長い息を吐き出した。 これを諦めの吐息という。 リセットしたところで、後藤の待つ奥の席へと向かおうと踏み出した時だった。 ザワリ、と周囲の雰囲気が心なしかざわめく。 そりゃ、そうだろう。 ドン、と腹と胸に伝わった振動に多少驚いてその原因を確かめる。 見たことのある紅い布に焦点を合わせた。 その直後 「うわぁぁぁああん」 そこでオレは一気に注目の、的。
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