第3章

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「スッキリなんて……ま、せんっ」 憎々しい音だ。 オレの知っている限りの斉藤 遥からは想像出来ないような、濁った音。 知っているといっても ただ、塾生としての、あの教室での斉藤 遥だけだが。 だから、余計に驚いたのかもしれない。 それからは、支離滅裂だった。 「わたし、いとうくんに」から始まり 涙と嗚咽と、喘鳴と 息を継ぐ場所さえおかしい 吐き出し続けては噎せ 頬がすり切れるほど擦り 時々うっ、と嘔吐きを堪えるその姿は痛々しく 「ちょっと、待て斉藤……」 断片的に語られた内容に、少しずつ何かが見え隠れしている。 要は"いとうくんに、酷い事をした"と言う斉藤には そうせざるを得なかった"過去の出来事"というのが 絡んでいるらしい。 「う、えっ」 しゃくりあげすぎて嘔吐いている訳ではなさそうだ。 「斉藤、落ち着け…… 大丈夫。 大丈夫だから、落ち着け」 手を 手を取ろうかどうか、迷った。 "過去"に起きたであろう、バスケ部顧問のしでかした愚行が彼女に深く傷を植え付け さらにまだ何も消化出来ずにずっとそれを抱えているからだ。 でも、彼女はさっき人目も憚(ハバカ)らずに飛び込んで来た。 「斉藤、大丈夫だ……大丈夫だよ」 頭に伸ばした掌をゆっくりと滑らせた。 「ちゃんと話を聞くから、泣き止んでみるか」 宥めて、和ませて、鎮めて 「こりゃ明日は可愛くないぞ?斉藤」 腫れてパンパンになった瞼。 朱く傷になった頬。 黒い髪は滑らかで 同じように黒い瞳はまだ水面が揺れる。 店に待たせてきた後藤の事はこの時にはすっかり忘れていた。
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