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「これ以上泣いたら、元に戻らなくなるぞ」
キュ、と固く結ばれた目と口。
コクコクと頷くその姿が何故かとても可愛らしかった。
「まあ、明日はさしずめ、怪獣だな。
オバケまではいかないから安心しなさい」
暗い車内でも斉藤の黒髪は何処かからの薄い光も吸い込み、輪を湛えていた。
いつだったか。
……三枝の口にぶち撒けた欲の速さを思い出した。
オレは確実にこの少女の黒髪に欲情したんだ。
だけどそれは恋愛や面倒くさいモノではなかったと言い切れる。
今、こうしていてもそういった感情は湧いてこないからだ。
ただの、"そこにダしたい"という本能。
雄の塊だ。
性欲の強いのも、時と場合によっては問題だ。
「斉藤には少しリハビリが必要だな
いとうくんはそれに付き合ってくれるだろ。
なんなら、私も話くらいは聞いてやれる」
ゴックン、と動いた喉。
嚥下の動作によからぬ想像が重なる。
綺麗な女よりも、馴れた女よりも
一番人気が高いのは、こういう普通のコなんだ。
はぁ、と息を吐き
やっと、瞳を開き、斉藤に落ち着いた姿が戻ってきた。
「大丈夫か」
掬った右手を離そうとして、そのスーツの袖口に指がかかった。
引っ掻けたのか、と思って"すまない"、と小さく呟いた瞬間にか細い声が耳に届いた。
「……キス、してくださぃ」
少しだけ時間が止まったのかと思えたのは
自分の思考を上回る言わば想定を超えた事態に発展したからだ。
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