第3章

10/42

8130人が本棚に入れています
本棚に追加
/236ページ
そう遠くない家までの道のりを辿る間 斉藤 遥は何を思ったのか。 少し気になっていたが…… あえて何も話さない箱の中は、それはそれで居心地が良くなかったかもしれない。 「少し、冷やしてから寝るといい」 車を家の前につけて、後ろを振り返った。 丸まった背中に、俯いた顔。 典型的に"落ち込みパターン"だ。 「斉藤 遥」 少しだけ大きな声を出した。 「斉藤 遥!」 2度目でやっと顔をこっちへ向けて 視線を上げてくる。 「背筋、伸ばして ちゃんと大きく呼吸をしろ。 お前のこれからは、自分で決めるんだ。 そんな暗いまんまじゃ何が幸せかわからなくなる」 ぐす、と鼻づまりの音がした。 「それから、飯も食えよ? パワーの源は歯と顎で砕いて飲み込め 食べないとろくな考えが浮かばないからな」 「……はい」 やっと、声が出た。 シン、とひとつ間が空いて斉藤がモソモソと動き出した。 扉に手をかけた所で、さっきより少しだけボリュームのある声を出す。 「あの、……ありがとうございました」 チラ、とこっちを見て、ペコン、と頭を下げる。 いつもの斉藤の行動だ。 「ああ」 気まずさが残ると良くないと思った。 斉藤にだって衝動的な行動の意味は自分でも分からない筈だ。 「斉藤」 出ていこうとした彼女を呼び止めて、もう一度振り向かせた。 「どんな顔になったか、明日、ちゃんと写メしろよ? 報告の義務だ」 ふふ、と笑ったのは 可笑しかったからだ。 放っておけばいいものを。 連絡先を教えたのだって、ただのパフォーマンスだろ。 塾長にメールで相談なんて普通、しないだろ? 「おやすみ」 黒い髪が頬と顎のラインを隠し、そこから覗く唇が 暗い中でも紅く光っていた。 "おやすみなさい"と呟いて、ドアをパタリと閉めた斉藤は走り出した車を暫く見つめていた。
/236ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8130人が本棚に入れています
本棚に追加