第3章

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********** 東京タワーの麓にある老舗料亭はいつもの事ながら賑わっていた。 突然の飛び込みにもかかわらず快く個室をサーブしてくれた女将に心付けをして部屋で先に待っている後藤の元へ向かう。 「室館先生、後藤さま、ご紹介頂き有り難うございます」 和個室へ向かう京都を思わせるような廊下で 女将が頭を下げた。 「あっさりしたものが食べたい、って言われたから迷わず連れて来たよ」 「左様でございましたか」 失礼致します、と襖を開けたその奥で 「あ、室館さん、お先にやってまーす」 後藤がグラスを掲げて、ニヤリと笑った。 黄金色に光る液体。 豊かな泡が立ち上り、後藤のリアクションと同時に左右に揺れる。 ……何本飲むつもりだ。 幅広のワインクーラーには3本の瓶が鎮座していて その氷は温かな間接照明の光を湛えて朱色に滲んでいる。 「では、お料理お持ちします」 丁寧な挨拶の後、女将はにこやかに下がっていった。 「夕べは悪かったな 忙しいとこ二日も」 「いえ、室館さんこそ、お忙しいよーで」 昨日、斉藤を送り届けて直ぐ後藤に連絡を取った。 置いてきぼりを喰らった癖にとにかく楽しそうに今日の予約を取り付けてきた。 今も様子は変わらず楽しそうに瓶を傾け、オレの前のグラスを満たす。 「なになに、昨日の彼女。 どう見ても室館さんとちょっと辻褄合わない感じなんすけどー」 席に着くなり茶化しが入って オレは、はぁ、とため息を吐き出した。 やっぱりそう見えたよな? 「はい、かんぱーい」 ゴクゴクと喉を鳴らしてそれを飲み干し また、グラスを満たす。 「で、なに?どんな関係なんですか? 昨日の彼女」 「お前勘違いしてんな まあ、昨日の情況だったら勘違いもするだろうな」 少しだけ渇いた喉を潤した後 「彼女は塾生だよ 久しぶりに講義を担当したんだ。 ちょっと縁があっただけだ」 「へぇ」 不思議そうに返事をして、その真ん丸の口を ものの見事に薄く薄く伸ばしていく。 「彼女かと思いました。 親子?くらいの差はありますよね? だから室館さんスゲー、と思ってたのに なんだ、生徒か」 残念そうに最後の一文を呟いた後藤は 「室館さんは奥さん一筋でしたもんね」 そう、意味深に笑う。
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