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「あの時だって、過去だって、今だって。
みゆっちが願っていることは、いつもひとつだけだろ」
ようやく真実に手が届きそうなことに気づいて、龍一は、黙って皆人の言葉を聞いている。
「みゆっちの願いは、兄貴が無事に帰ってくること。
たった、それだけなんだよ」
龍一は困ったような顔をした。
その普通の人間なら当たり前の願いが、けっして容易に果たされるものではないと、この優秀な元秘密工作員は知りすぎるほど知っている。
引退を宣言しているとはいえ、龍一は今後も、いつ今回のような事件に引っ張り出されるかわからない。
そして、また同じような事態に仲間が巻き込まれれば、この一見冷酷な完全無欠のスーパーヒーローは、
「仕方ないな」
とため息をついて、きっと何度だって腰をあげるのだ。
非情になりきるには、龍一はあまりにも、身内にやさしすぎる。
「嘘をつかないのが、兄貴の信条なんだろうけどさ」
皆人は、あの地面に膝をついて、泣き崩れていた美百合の姿を思い出す。
「世の中には、つかなかきゃならない嘘だってあるんだぜ」
意味がわからないと龍一は眉をひそめる。
「みゆっちは不安なんだよ。特に今回なんか、あんなニュースを見せられてさ。
嘘でもいい。兄貴の口から、自分は絶対に大丈夫、無事に帰ってくるから心配するな、俺を信じて安心して待っていろ、って言葉が聞きたいんだよ」
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