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龍一は、しばらく真剣に考え込んでいた。
でもやがて、
「自分のことは見えなくても、人のことなら良く見えるんだな」
とふんわりと微笑む。
そして、
「ありがとう、皆人」
と言って、テーブルの伝票を手にして、椅子を立った。
「俺は家に帰る。帰って皆人の提案通り、扉の前で裸踊りでもしてみるよ」
「へ!?」
龍一は、それ以上皆人を振り返りもせず、颯爽とホテルから出ていってしまった。
聞こえるのは、爆発するような車の発進音。
「……兄貴、裸踊りってジョークだよな」
かなりの不安は残るが、龍一の冗談はとにかく笑えないので、いちがいに否定することも出来ない。
「正直な自分の気持ちを、みゆっちに見せるって意味だよな……」
皆人の助言が、はたしてちゃんと通じているのか……、
それがわかるまで、結局、数日を要することになる。
それにしても……。
呼び出すだけ呼び出しておいて、後は放置の、この傍若無人ぶり。
相変わらずで、笑いが出るほどだが、
「頼むから、フラれても連絡だけはしてくんなよ」
今は静かな携帯電話に視線を落とす。
「まったく、世話のやける兄貴だぜ」
皆人はうつむいたまま、本人を前にしては、けっして言えないセリフを呟いた。
「あ~あ、乃亜もいねーし、良治のヤツ、今夜付き合ってくれるかなー」
そそくさと帰り支度を始めるその口元が、少しだけ緩んでいた。
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