夏祭りの思い出

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高速で回転しながら甘い糸を吐き出している機械の脇に、長い三つ編みを揺らした、5歳くらいの少女が立っている。 ニコニコと満面の笑顔で、母親の浴衣の袖を引きながら綿アメの袋を指差していた。 「お嬢ちゃん、ちょっと待ってな。すぐに新しいのを作ってやるからな」 いかつい顔に優しい笑顔を浮かべて、店主は機械の中心に新しいザラメを足した。 鮮やかな手つきで、割り箸の芯に細かな糸を巻き付けていく。 「さあ、出来立てホヤホヤの綿菓子だよ」 『わあっ、おじちゃん、ありがとう!』 「いいって。さあ、祭りをたのしんどいで」 『うん!』 綿菓子を受け取った少女は、下駄を鳴らしながら参道を駆けていく。 「さ、あんたも早く、あの子の所にいってやんな」 そっと呟かれた言葉に、母親は軽く頭を下げて店先を離れた。 その影を見送りながら、店主は小さくため息をつく。 淡い水色に大輪の向日葵がプリントされた愛らしい浴衣、紺の鼻緒の黒い下駄。 三つ編みを揺らした少女は、建ち並ぶ夜店をのぞき込み、陳列された品に目を輝かせている。 射的屋では、小さな体に不似合いのコルク銃を構えて、真剣な表情で景品を狙う。 ターゲットは手前から二段目に置かれたキャラメル。 『あーもう! 何で当たらないんだろう?』 少女はジタバタと足を踏み鳴らしながらも、キャラメルを諦めきれないでいる。 『よーし、もう一回! ね、いいでしょ、お母さん?』 母親は静かにうなずくと、少女の頭をなでた。 『おじちゃん、もう一回やる!』 「はいよ」 髪に白いものが目立ち始めた主が、追加のコルク弾を小皿に置いた。 「よーく狙うんだぞ」 『うん!』 小気味のいい発射音と共に、コルク弾が勢い良く飛び出す。 だが残念な事に、今回も全弾ハズレだ。 『だめだー、取れなかったぁ。あたし、ガンバったのに』 ちょっと涙目になりながら、頬を膨らませてすねている少女に、主はすっと手を差し出した。 その手の平の上に置かれている物を見て、少女の顔がパアァッと明るくなった。 『キャラメル!』 「お嬢ちゃん、頑張ったからね。おじちゃんからのご褒美だ」 『やったー、お母さん、キャラメル! おじちゃん、ありがとう!』 少女は下駄を鳴らして飛び上がると、ピョコンと頭を下げた。 その後ろで母親も頭を下げている。 「ああ、いいからいいから。祭り、楽しむんだよ」
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