夏祭りの思い出

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『リンゴあめ、下さーい!』 頬を紅潮させた少女が、店先をのぞき込んでいる。 その手には、綿アメとキャラメル、オレンジ色のヨーヨー。 「よう、お嬢ちゃん。祭りは楽しいかい?」 『うん!』 「そうかい、そりゃ良かった」 店主はそう言って笑うと、ピンクのリボンのかかったリンゴ飴の袋を手渡した。 『キレーイ、おいしそう』 うっとりと呟くと、手渡されたリンゴ飴をまるで宝物のように大事に抱えた。 『おじちゃん、ありがとう!』 三つ編みをピョコンと弾ませて少女は店主に礼を言うと、神社へ向かって駆け出した。 「あ、ちょっと、お金!」 代金を払わずに走り出した少女の後ろ姿に、若い露店商が慌てて声を張り上げる。 「おやっさん、あの子、金払わずに行っちゃいましたよ。どうすんですか?」 「ああ、いいんだ」 「いい訳ないじゃないですか。代金も払わずに品物持ってっちまうなんて。親は何してんですかね?」 「だから、あの子はいいんだ。それに、あのリンゴ飴は商売品じゃないからな」 「どういう事なんです?」 引退間近の店主は、年若い相棒に向かって口を開いた。 「俺が引退したら、ここを受け持つんだ。お前も覚えておけ。ここの祭りにはな、俺達がずっと守ってきた決まり事があるんだ」 そう語った店主の悲しそうな視線の先、屋台の柱に貼り付けられた、透明のクリアフォルダーの中に納められているのは、古びた新聞の切り抜きだ。 「今から十年ほど前になるかな。当時五歳だったこの町の女の子が、夏祭りの宵祭りの晩に、行方不明になったんだ。母親と一緒に祭りに来て、はぐれちまったんだな」 店主は頭に巻いていたタオルを取ると、額の汗を拭ってタバコをくわえた。 「その子は見つかったんですか?」 ポケットを探ってライターを取り出した若い男は、店主のタバコに火を点けながら尋ねた。 一息深く吸い込むと、店主は片手を挙げて礼を示し、暗い空に向かって煙を吐き出した。 「ああ、見つかったよ。翌日の本祭りの昼間にな。変わり果てた姿になって、神社の奥の雑木林で」 若い男は、聞かされた事実に言葉を失った。 「淡い水色に大きな向日葵の柄の浴衣。紺の鼻緒の黒い下駄。周りには、しぼんで泥まみれになった綿菓子、破裂したヨーヨー、踏み潰されたキャラメルの箱、手付かずのまま放り出されたリンゴ飴が散乱していたそうだ」 それは、さっきリンゴ飴を大事に抱えて走り去っていった少女の服装ではないか。
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