夏祭りの思い出

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彼女が楽しみにしていた、夏祭りの戦利品ではないのか。 「犯人は? 犯人は捕まったんですか?」 ゴクリと唾を飲み込むと、若い男は店主に先を促した。 「うん? ああ、捕まった。祭りが終わった一週間後にな。犯人は、空き巣目的で徘徊していた若い男だった」 新聞によれば、祭りのために人気がなくなると考えた二十代の男が、遊ぶ金欲しさに犯行に及んだという。 家々を物色し、大して成果が上がらなかったのか、短絡的にもっと金を奪おうと考えたのか、神社裏手に広がる雑木林の暗がりに身を潜めていたのだ。 少女は母親とはぐれて、不幸にも犯人と鉢合わせてしまった。 人を呼ばれて犯行がバレる事を恐れた犯人は、足元に転がっていたバレーボール大の石で少女の頭部を殴打。 少しでも発見を遅らせようと、雑木林の更に奥へ遺体を運び、落ち葉や倒木などでカモフラージュしてから逃走した。 「宵祭りがひけて、娘の姿が見えない事に気がついた母親と近所の人達、警察も総出で探したんだけどな。周囲が暗いのと、犯人のカモフラージュのせいで、翌日まで見つからなかった。もちろん、祭りに店を出していた俺達も、警察に事情を聞かれたよ。特に俺は、あの子が最後に立ち寄った店だったから、事の他、念入りに調べられた。露店商なんて、世間から見たら、余所者だからな。祭りがおじゃんになったからと言ってすぐに移動する訳にもいかず、痛くもない腹を探られたりして、堪らんかったよ」 短くなったタバコを水を張った一斗缶に投げ捨て、店主は大きく息を吐き出した。 「でもなぁ、一番堪らんかったのは、あの子の変わり果てた姿さ。俺はあの子が、店のリンゴ飴を買いに来た時の顔を覚えてた。可愛い盛りの、元気な子だった。俺の差し出したリンゴ飴を、大事に抱えてなぁ……。頭を殴られて、顔の半分は血まみれだったが、もう半分はそのままだった。可愛い顔のまま、雑木林の暗がりの中、一人で放って置かれたんだ。寂しかっただろうなぁ。苦しかっただろうなぁ。怖かっただろうなぁ。そう考えると、やりきれないんだよ」 そこまで話を聞いていた若い露店商は、店主に孫娘がいる事を思い出した。 今年、十五歳。 さっき駆けて行った少女も、生きていれば同じ年齢だ。 そして身震いした。 【生きていれば】? 「じゃあ、さっきのあの子は……?」 視線を神社へ続く、暗い境内へと移した。 「──そうさ。あの子だよ」
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