夏祭りの思い出

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店主の目には、溢れるほどの憐れみが漂っていた。 「毎年、夏祭りの宵祭りに来るんだよ。よほど祭りが楽しかったんだろうな」 だが、その楽しい祭りの後には、悲しい結末が待っているのだ。 「母親もなぁ、子供の葬式が終わった翌日に自殺しちまったんだよ。自分さえ子供から目を離さなければ、こんな事にはならなかったと、随分と自分を責めていたらしい」 嬉しそうにリンゴ飴を受け取った少女に、そんなに悲しい過去があったとは。 「事件の翌年は、さすがに夏祭りも自粛されたんだ。町の人間にとっても、事件の記憶が生々しかったしな」 二本目のタバコをくわえたが、火を点ける事もせず、結局店主は吸いもしないタバコをそのまま一斗缶に投げ捨てた。 「祭りが自粛された年、組合に町長と自治会長から連絡が入った。『来年は夏祭りを実施するので、露店商を寄越して欲しい』そういう内容だったよ」 「そりゃまた、何で?」 若者は神社の裏手に向けられた視線を、動かす事も出来ずに店主に質した。 「あの子がな……『どうして、お祭りがないの?』と聞いて回ったらしい」 夏祭りが自粛された年。 神社の参道に佇む、少女の姿が目撃された。 少女は通りかかる人々に尋ねるのだ。 『どうして、お祭りやってないの?』 そうして、ひどく寂しそうな表情で消えるのだという。 亡くなった少女が、楽しかった思い出の中にさ迷っている事を知り、町は夏祭りを続行する旨を決定した。 それ以後、夏祭りは続けられている。 事件前と変わった事が、幾つかあった。 住民達の防犯意識、特に、子供達に向けられる大人の目が増えた。 二度と、幼い子供の命が奪われる事のないように。 事件の現場となった雑木林にも街灯が設置され、町から可能な限り死角をなくそうとの試みもある。 そして、決定的に変わった事。 「年に一度、宵祭りに顔を出すんだよ、あの子が。毎年、同じように綿菓子を買い、射的でキャラメルを狙い、ヨーヨー釣りをして、ここでリンゴ飴を買う」 宵祭りの晩だけだ。 本祭りの夜に現れた事は、ない。 考えてみれば、当たり前だ。 少女は宵祭りしか知らないのだから。 「だから、俺達は決めたんだ。あの子が現れなくなるまで、祭りを楽しませてやろうって。綿菓子にキャラメルにヨーヨーにリンゴ飴。自腹切ったって、大した出費じゃねぇしな」 語り終わった店主は、くるりと背を向けると「さあ、店仕舞いだ」と呟いて片付けを始めた。
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