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生返事をして手伝いを始めた相棒に、振り向きもせず、店主は声をかけた。
「俺があの子にリンゴ飴を渡してやれるのは、今年が最後だ。来年からは、お前があの子にリンゴ飴を渡してやってくれ」
「俺が、ですか?」
「俺達の仕事は、祭りを楽しんでもらって、金を落としてもらう事だ。祭りを楽しみにしている人がいるから、全国を旅して回る、こんな生活にも張り合いがある」
リンゴの詰まった箱を抱えあげ、店主は照れたように笑った。
「死んでからまで、俺達を待ってくれている誰かがいるなんて、思ってもみなかったよな」
若い男の脳裏に、先程の少女の笑顔が蘇った。
『おじちゃん、ありがとう!』
あの、嬉しそうな顔。
たとえ、悲しい結末であろうとも、少女は楽しかった夏祭りの記憶の中にいる。
きっと来年の夏祭りにも、あの少女はやって来るだろう。
綿菓子とキャラメルとヨーヨーとリンゴ飴。
それが、彼女の夏祭りの記憶。
頭上で光を放っていた提灯、夜店を輝かせていた電球に命を送り込んでいたモーターが、その動きを静かに止めた。
神社の参道に、闇が降りてくる。
屋台にカバーをかけていた店主に、背後から声をかけてきた者がいる。
振り向けば、立っているのは綿菓子、射的屋、ヨーヨー釣り屋の主人達。
そして、事情を知っている数人の露店商。
「行くか?」
「今行く」
視線だけで相棒についてくるように示すと、リンゴ飴屋は歩き出した。
行く先は、神社裏手の雑木林。
街灯はついているが、それでも十一時になろうかという、この時間。
人気などあるはずもなく、しんと静まり返っている。
こんな寂しい場所で、短い人生を終えた少女の事を思って、年若い露店商は何とも言えない気分になった。
それは、その場にいる全ての人間が思っていた事でもある。
夜気の中に、男達の足音だけが響く。
「……ここだ」
周りの者達が足を止めたのに気がついて、若い露店商も足を止めた。
皆が見つめる視線の先にあった物。
「これは──」
地面に置かれた品々。
見覚えのある綿菓子の袋にキャラメルの箱、ヨーヨー。
そして、ピンクのリボンをかけたリンゴ飴の袋。
何もない地面に、無造作に、だが、宝物のように置かれた品々を見て、彼は不意に涙がこぼれそうになっている自分を発見した。
夏祭りを愛した一人の少女の命が尽きた場所。
綿菓子屋の店主が、持ってきた線香に火を点けた。
毎年、こうやって参っているのだろう。
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