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薄暗い社内に残るのは数人。
それも、そろそろ帰りの支度をしているようだ。
「あれ?高野主任?!」
「あぁ、秋庭くん。」
「どーしたんです、直帰って・・・」
鳩が豆鉄砲食らったような顔の秋庭は、帰りの支度が終わったところなのか、パソコンの電源が切れるのを待っていた。
「あぁー・・・休み前に企画書作り直しておきたくってさ。」
「え、あれはもう出来てたんじゃ・・・」
「いやぁー・・・ははは。コスト的に厳しいって言われちゃってねぇー。そこだけ練り直し。」
秋庭は、昼間のことが原因なのがわかったのか、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
秋庭は2年前にうちの部署に変わった後輩だ。
わりと仕事もできるし、後輩の中じゃ成績はトップクラスだ。
人懐っこい可愛らしいタレ目に、困ったときはハの字になる眉毛はどことなく仔犬のようで年上女子に人気。
その秋庭が手伝おうかと言いたそうにしているが、時間が気になるようだ。
「いいよ。後訂正だけだし。多分、すぐに終わるから、先に帰んなさい。」
「いや・・・でも・・・」
「約束あるんでしょ?さっさと帰んなさい。」
再度帰ることを促すと、申し訳なさそうにオフィスを後にした。
今日くらいは、一人でいたい。
誰にも気を使わずに、仕事をしてしまいたい。
シンとするオフィスは、高めの設定のクーラーで少しだけムシっとして感じる。
閉じていたはずのパソコンを開いて、ゆっくりと深呼吸した。
こんなことは慣れっこ。
週末に約束だってない、予定も入れてない。
帰ってもご飯を作る余裕もないからコンビニか冷凍物。
昔は少しでも花嫁修業になればって、料理もしていたんだけどな・・・
明るくなった画面に向かって、ひたすらキーボードを叩く。
並ぶ文字と数字を比べながら少しでも印象を良くしようとあれこれ考える。
信頼を取り戻しつつ、会社での利益を見て。
仕事をしていること。
それを評価されること。
自分の頑張った証が残ること。
それだけが、今の私。
それが 高野 玲佳。
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