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彼はひどく億劫なのだ。
外出の際は鍵をちゃんとかけたかと三度は確認しないと気が済まない。いやに慎重に言葉を選ぶので返答がないときだってある。
そんな臆病で小心者の彼を近所の夏祭りに誘った時、私は断られるのではないかと思った。
私のほうこそ億劫になり、ならば断わられる前に誘いを取り下げたほうが賢明だと――自らの貧弱な自尊心をこの少年に傷つけられる前に匿ったほうが嫌な思いをしなくて済むと思った。
「ああ、やっぱりやめようか。君も祭りのような人の多いところは苦手だろう」
「いえ、行きましょう」
彼はこぼれそうな瞳を私に向けてはっきり答えた。思ってもいない反応に思わずたじろぎ、本当か、などと問うてしまう。
「嘘などここで言ってどうするのですか。あ、でも、師匠がやはり嫌だとおっしゃるなら…」
「いや、構わない」
「それはよかった」
憂いを見せない少年の微笑が自然と浮かばれるのは彼の性格ゆえだろうか。この子はひどく億劫でいて、だからこそ純粋なのだ。言葉をそのまま受け取ってしまうのでよく泣くし、よく笑う。
「さて、では浴衣に着替えなさい。せっかくのお祭りなのだからね」
「はい、すぐに」
親にご褒美をもらったような表情で立ち上がる。そんな彼を「ああそれと」と呼び止めた。「その師匠って言うの、やめなさい」
すると彼がきょとんとした表情で「何故ですか」と訊いたので、私は読みかけの本をなんとなく読むふりをした。
「私は誇れるものなど持ってやいないのだから」
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