私の億劫な金魚よ

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 祭りというものは好きではなかった。皆揃って食べ歩きなど品がないし、金魚はすぐに死んでしまう。妙に浮かれたあの空気が私には合わない。 しかし、彼は初めてみるその光景に心を躍らせているようだった。 きっとこの子は自分が何者なのかすら覚えていないのだ。 この祭りはもとはと言えばここの土地主を祀るものであって、それがいつの間にか一般市民の娯楽と化したのだ。自らの土地と経験を忘れるなどそれでも主としていいのか、などと私のような愚弄な人間が思うのは不毛だろうか。 一年前のこの日友人にこの祭りに誘われたが、人の多さと淀んだ空気に吐き気を覚えた。なので輪から離れ林の中の小さな祠で一服しているとそこには中学生ほどの少年が一人ぽつんといたものだ。それが彼だ。 迷子かと声をかけたがどうやらそうではないようで、身に着けている袴のような衣服も妙だった。真っ黒な髪の間からさらに真っ黒な瞳が私をとらえると、彼は何やら安心しきったように「お師匠様」などと言うのだ。 この子が土地主だとわかったのはそれから半年後だ。確かな証拠はないけれど、私があの時この子を家に居候させてから祠の周辺地域の農作物の出来がひどく悪くなった。土砂災害が例年以上に多発し、林の中は熊やら猪やらが頻繁に目撃されるようになった。 この子がいないからだ。今までこの土地主のおかげで保たれていた均衡が崩れてしまったのだ。それは私にとってもとても罪の重いもののようですぐに彼を祠に帰すべきだと冷や汗を流した。 けれど、こんな幼く健気で人一倍臆病な少年を再び一人にするのか。それはあまりにも可哀想でむごいことではないのか。 そんな葛藤が心をむさぼるうちに季節は蒸し暑い夏へ移り変わり、提灯と花火が夜を彩る日が続いた。でも、それも今日で終わりにしなければ。
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