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営業時間がすぎて夜が来ると叔父さんはよく浜辺に座って波の音を聞いている。いつもうるさくしゃべりたてる叔父さんが唯一静かに大人の風貌をみせる時間だ。僕はこの時たまたま一緒に座って同じように波の音を聞いていた。
「そう、彼女は俺のことを好いてくれなかったんだよ」
「叔父さんいつも色んな女の人と付き合っちゃうからじゃん。呆れたんだよきっと」
「そうか。やっぱり、そうだよな」
叔父さんは珍しくそれきり何も言わなかった。金色の長髪が潮風に揺られている。焼けた肌が闇に同化する。静かに波の音だけが繰り返されるのがなんだか気まずく感じて僕は叔父さんに話しかけた。
「その女の人、どんな感じだったの」
「ああ…美人だよ。海の蒼色がよく似合うような、すっとした女性だ」
「大人しめって感じ?叔父さんの好みじゃなさそうだけど」
「まあ」ざわっと風が吹きとおる。「確かに、全然好みじゃないよ」
僕は思わず苦笑して砂をぽいっと海に投げ込んだ。
恋なんてよくわからない。この人優しいなと思うことはあっても特別な感情を抱くことがない。
そもそも、特別ってなんなんだろう。たとえば僕は叔父さんのこと身内の中でも特別だと思ってるけど、それは別に恋じゃないんでしょう。
じゃあ特別って、なんだろう。守りたいとか笑顔にさせたいとか、そういうのだったら今の僕はうっすら叔父さんにだって思ってる。
だってこんな悲しい顔する叔父さん、見たことないんだもん。
異性に思えばそれが恋なのかな。でも、僕は別に男同士でも女同士でも、恋愛は恋愛だと思うんだけど。あれ、でもそしたら友達と恋人の区別がつかなくなりそうな…。
「叔父さんは女の人が好き?」
「見りゃわかるだろ」
「だよね。じゃあ叔父さん、その女の人も好きだった?」
叔父さんは急に言葉をつまらせた。しまった、僕は都合の悪いことを言ってしまっただろうか。
いつもマシンガンのように恋人のことを話すこの人がこんなに思いつめた表情をするなんて。
――こればっかりは叔父さん、本気だったの?
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