海の蒼

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それから叔父さんは一つ深呼吸してからゆっくり話し始めた。耳を澄ませないと海の轟音にかき消されるようなそんな声だった。 「半年前かな、ちょうど今みたいに波の音を聞いていた。夏にあれだけ賑わうこの浜辺が冬になると一気にしんとなるのが哀愁感があって好きなんだ。そんな時にな、その女の人があらわれたんだ」 僕は黙ってじっと話を聞く。今は砂をいじってない。 体育座りをしながら、ざばあんという海の声と叔父さんの初めて聞く落ちついた声に身を寄せる。 「彼女はワンピースがよく似合っていた。ずっと黙ってるもんだからよかったら話でもしませんかと誘ったんだ。彼女、嬉しそうに笑った。それから毎日ここで夜になると一緒に話し込むようになった。初めてだった、あんな可憐な女性は。普段俺に媚びを売るような子達と違った。全部が新鮮だったんだ」 叔父さんは独り言のように続けた。 ちらっと顔をみると微笑んでいるのが少しわかった。これが恋をした大人のする表情なのだ。 「でもな、ある日ぱったり来なくなったんだ。最初は体調でも悪くなったのかと思ったけれど、数週間たってもくる気配がない。ああ、俺は捨てられたんだと思った。散々今まで色んな女の子を捨ててきたのに、いざ自分がされるとひどく心が痛んでね。でも、それから…」 「…それから?」 そのあと叔父さんからでた「彼女死んでたんだ」という言葉はやけに平坦で単調なもので、まるで「今日は雨だって」「へえ、そうなんだ」というような…。 「死んでたっていうのも、俺と会ったあとじゃない。最初から死んでた。信じられないと思うけど、俺は幽霊に恋をしていたんだよ」 「まさか」 「笑っちゃうだろ、真冬の海で女の幽霊に惚れこむなんて。それにな、彼女は男に捨てられて身投げしたんだと。ちょうどここを西にいったところの崖から」 叔父さんは暗闇の中、泣いていたんだと思う。 だって、遠くの漁船の光が叔父さんの目元をホタルイカのように光らせたから。
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