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「叔父さん」
「なんだい」
「叔父さんは悪くないよ」
「そうかい」
「だって、その女の人きっと寂しかったんだ。寂しくて寂しくて、そんなときに叔父さんに出会えたんだもの。嬉しかったはずだよ」
「だといいんだけどね」
「叔父さん」僕は思わず同じように声をつまらせてしまった。
恋愛なんてまったくわからない子供の僕が同情して泣き出すなんてそれもおかしな話だけど、僕はこの叔父さんの心苦しさを思うと悲しくてしょうがないのだ。「叔父さんは悪くないよ」
大きくてあったかな手のひらがうずくまる僕の頭をそっと撫でた。
ああ、こうして叔父さんに頭を撫でてもらうとそれはお父さんにそっくりだ。
僕のお父さんと叔父さんは真逆の性格だけど、こういうところはしっかり似てるんだ。あ、でも、お父さんも移り気だったかな。
「ごめんな、泣くな。多分彼女は満足したんだよ。だから叔父さんに会わなくなったんだ。もう大丈夫だって、十分だって…」
最後はとぎれとぎれでよく聞こえなかった。
叔父さんは一晩で海が広がりそうなくらい号泣していた。そんなに彼女のことを想っていたんだ。
でも、ああ、これじゃ、叔父さんはもう他の人を愛せないんじゃないだろうか。ずっとこれから永遠に掴めない彼女の姿に捕らわれたまま、誰かを本気で愛すことなんてできないんじゃないだろうか。
移り気に定評がある叔父さんだけれど、本当は一途なのを僕は知っている。
好きになったアイドルは人気がなくなっても応援し続けているし、お母さんと離婚して家を出て行ったお父さんの遺物のような僕をこうして近くに引き取ったあとも、小さいころと変わらず接してくれている。精神を病んだお母さんを今でもずっと看病してくれている。
そんな優しい叔父さんをおいてけぼりにした彼女はきっと、ものすごくずるいんだ。
ねえ、海の蒼の人。どうかもう一度叔父さんに会って、ありがとうと一言だけ告げていってよ。
そう言って僕は、ごおんという音と共に高波が崖にぶつかっていくのを朝までじっと眺めていたんだ。
【海の蒼】
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