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4 来生春一
春一が勤めている明日葉出版は、タウン誌から文芸まで幅広いジャンルを手がけている出版社だ。
春一は入社してまず、フリーペーパーを出している情報部に配属になった。
本当は社会部希望だったが、新入社員なだけに贅沢もいえない。
畑違いの文芸に行かされなかっただけラッキーと思うことにして、街の流行を追って走り回る。
そこで久しぶりに携帯の番号を回したのが、帰山美里だ。
大学の同期生で、帰山と来生、学籍番号が近いこともあり、何かと顔を合わせていた。
腐れ縁が縁になり、周囲からもなんとなくふたりは付き合っていると思われて、別に不都合もないので、お互いそんな風に装ってきた。
だけど大学を卒業してしまえば、春一は出版社、美里は地元の信用金庫に就職。
生活時間帯が違いすぎて、半年近くも疎遠になっていた。
「やあ元気? 仕事はどう?」
「ホント久しぶり。仕事は、元カレを怒鳴らなくてもいいくらいには充実してる」
美里の言葉に春一は苦笑する。
「いつの間にか、俺って元カレに成り下がってるんだな」
「卒業したとたん、電話一本よこさない男が、何ずうずうしいこと言ってんのよ」
「それは言えてる」
春一は、美里の口調にまったく恨みがましい気配がないことに、少し残念なような、ホッとしたような気分になる。
さっそく、と本題を切り出した。
「いまフリーペーパー作ってるんだけどさ」
「なによ。久しぶりに連絡よこしたと思ったら、仕事の話?」
「実はそうなんだ。神さま仏さま美里さまの心境で電話させてもらってる」
ふざけながら春一は、最近女性の間で話題になっている店やファッションの話を尋ねた。
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