エピローグ

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すると春一は、そこでもう一度、ガバリと頭を下げる。 「――ごめん」 再び謝る。 「弟たちとキミの身の安全。それをすべての資料を渡す条件として、狭間に持ちかけた」 春一は少し言いよどむ。 どの順番で説明しようか、迷っている風だ。 実は、一番最初に鈴音を車で狙ったのは、広瀬関係ではなく、狭間だった。 春一は広瀬ばかりをマークしていたので、広瀬と別れた鈴音の後をつける、狭間の存在に気がつかなかったのだ。 車で襲いかかったのは鈴音を轢き殺そうとしたわけではなく、鈴音が持っているはずの融資書類の在り処を聞き出そうとしたのだと、今ならわかる。 あの時は、夏樹が側にいたお陰で事なきを得たが、あんな隙を作ってしまったせいで、狭間は、鈴音が書類を持っていると確信し、今回の黒スーツたちを雇うに至る。 自分の妻の会社が融資を受けたという証拠書類を広瀬の手に握られ、脅しまではされないものの、それがいつしか狭間の弱味となっていたのだろう。 一度出向した人間を、同じ銀行の支店長に戻すのは、さすがの本店の取締役でも難しかったに違いない。 だけどそれを実行させたのは広瀬だ。 狭間が、目の色を変えて、書類の行方を探す理由もわからないではない。 そういえば、副支店長に酒を飲ませて情報を聞き出した時、 『あれは支店長にもネックだけど、同時に身を守る武器にもなるからね。簡単には処分しないはずだよ』 そう言っていた。 広瀬にとっても、融資書類は、狭間に向ける絶対有利な切り札。 ジョーカーだったのだ。 『狭間取締役も手懐けたつもりが、とんだ牙を持たせちまった』 副支店長が酔いに任せて言った意味はそれだ。 自分のマヌケさ加減に、頭を叩く。 春一は、答えを最初から手に入れていたのだ。 何故、気がつかなかったのか。 何故、狭間の存在に思いが至らなかったのか。 美里を死に追いやった広瀬への憎しみのあまり、春一は視野が狭くなっていた。 思い返せば自分は、事件の真相よりも、広瀬を失脚させる理由を、必死に探っていただけだった気がする。 美里を愛人として囲っていた広瀬が恨めしかった。 自分の手からすり抜けていった美里を、安々と身近に置いていた広瀬に嫉妬していたのだ。
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