エピローグ

14/22
前へ
/212ページ
次へ
春一はもう一度、鈴音に向かって頭を下げる。 複雑な話を聞かされて、鈴音はまだちょっと混乱状態だ。 でもひとつだけわかったことがある。 春一は、その美里という女性のために、ずっと銀行のことを調べていた。 鈴音に近づいたのも、そのためだ。 支店長の広瀬のことを、鈴音から聞くため。 鈴音が期待していたような気持ちは、どこにもなかった。 鈴音は乾いた笑いが自分の中に沸き起こるのを感じた。 ずっと、勘違いしていた。 ずっと、ひとり相撲だった。 こんなこと、めずらしいことではない。 自分はいつだってそう。 他人の気持ちが読めない、鈍い女。 だから、 「来生さんに謝ってもらわなくていいです」 せめてこれ以上、春一の心の負担になりたくないと思った。 「ちょうど準備も出来ました。出ていきます」 自分に言い聞かせるように宣言する。 春一は、顔面にボールでもぶつけられたような顔をした。 何故そんな顔をするのかわからないが、でも結局、何も言わない。 鈴音にこれ以上かける言葉はないとでも言うように、口をつぐんでいた。 仕事用のカバンは、許容量以上の荷物を詰め込まれて、不格好に膨らんでいる。 でも持ち上げられないほどじゃない。 春一にかけていた心の負担は、せめてこの程度だったらいいな、と鈴音は思いながら立ち上がった。 歩き出して、春一の脇を抜ける。 春一は床に座ったまま、微動だにしない。 ドアノブに手をかけ、せめてお別れの挨拶を、と思わずもなかったが、振り返れば、決心が鈍りそうだ。 駄々をこねれば、春一を困らせるだけだから……。 鈴音は、結局何も言わず、ドアノブを回した。
/212ページ

最初のコメントを投稿しよう!

798人が本棚に入れています
本棚に追加