プロローグ

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そんな時、 「鈴音! どこだ、鈴音」 鈴音の名前を呼ぶ声がした。 ハッと顔をあげれば、 「鈴音っ!」 地面に手をついている鈴音を見つけて、人ごみをかき分けるようにして走ってくる。 「どうした! どこか怪我したのか?」 慌てた様子でしゃがみこみ、鈴音の肩を強い力でぐっと掴んだ。 その力強さと温かさに、鈴音はすがるように視線をあげ、 「……ハルさん」 名前を呼んだ。 駆け付けたのは、短い黒髪に精悍で意思の強そうなまなざし。 「ハルさん、来てくれたんだ」 鈴音と付き合って一か月目の恋人、来生春一だ。 「怪我したのか、鈴音」 いつまでも冷たい地面に座り込んでしまっている鈴音を必死の形相で見つめ、それから、 「誰か、ここにも怪我人が!」 春一は振り返って叫ぶ。 鈴音はとっさに春一のフィールドジャケットをつかんだ。 「?」 「違う。大丈夫だから……」 声が震えて、うまく説明できない。 でも鈴音に怪我はない。 重症を負って、次々と病院に運ばれていく大変な人たちの邪魔をするわけにはいかない。 なんとか顔をあげて、春一を見る。 心配そうに見下ろしてくる春一のまなざしに、ようやく声を返すことが出来た。 「怖くて、腰が抜けただけだから」 すると春一は腕を伸ばしてきて、ギュッと鈴音の体を抱きしめる。 春一の香りが鈴音の鼻孔をくすぐった。 「……よかった」 春一は鈴音の耳元で囁く。 「鈴音が無事で本当によかった」
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