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────ドン!
いきなり私──宮杉千笑(ミヤスギチエミ)──の顔の横に誰かの手が飛んできた。
「ひっ!」
あまりの突然のことすぎて、思わず私の口から小さな悲鳴まがいの声が出てしまったのも仕方ない。
少し帰りが遅くなった人気のない靴箱で、薄暗い中こんなことをされればきっと誰だって驚くに決まってる。
靴箱を背に、斜め前に立つ人物を恐る恐る見上げれば……。
「た、高柳(タカヤナギ)君?」
真顔で私を見下ろす高柳君の綺麗な顔が私をのぞき込んできた。
ち、近い……。
壁ドンならぬ、靴箱ドン状態。
無表情のままの高柳君を見上げながら、この状況の意味が分からず瞬きをすること数回。
すると、今度はその視界を妨げるように小さな紙が視界いっぱいに広がった。
な、何?
あまりにも目に近すぎるので、少しその紙と距離を取ると、それは映画のチケットのようだった。
さらによく見てみれば、私が行きたいと思っていた純愛ものの映画のものだった。
………うわぁ、いいなぁ。
なんて一瞬思ってみたが、未だに状況把握が出来ずに、私は困惑気味に首を傾げた。
「え、えっと……」
チケットからまた高柳君の方に視線を向けると、無表情のまま高柳君が口を開いた。
「……これ、一緒にいかない?」
「へっ……!?」
予想外すぎる言葉にマヌケな声が出てしまった。
「あのさ、俺と付き合って」
「・・・・・・?」
高柳君を見れば、無表情から次第に眉間に皺が刻まれていく。
返事を急かされているようだ。
そして私はハタと気付いた。
そこは『俺と付き合って』ではなくて『俺とこの映画に付き合って』と言うべきではないだろうか?
なんて言葉足らずな人だろう。
言葉の合理化は得てして誤解を招くと言うのに。
しかし、そう解釈したものの、素直に頷けずに私はただ固まっていた。
だって、この目の前の高柳亘(タカヤナギワタル)君とはクラスも違うし、ほとんど会話を交わしたことがない。
でも、その数少ない会話があったのは、つい数日前。
奇遇なことに、ちょうどこの映画のことについて萌ちゃんと話していた時だった。
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