The WALL

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1──六月二十七日 「テレビ観てますか? 困りますよね。そんな方向に事件を向けられると」  間接照明がオレンジ色に部屋を明るくしている。その中で電話口に向かって、テレビの明滅する光を当てられながら彼は言った。 『安易だよな、こういう人間て。影無を思い出せっての。あいつはオタクじゃなかっただろっての』  電話先の男はというと、真面目に見当外れな討論しているコメンテーター達を嗤っているようだった。そして、続ける。 『でもそっちは上手く行ったならこのまま行こう。逮捕するのは馬鹿なコメンテーターやマスコミじゃない。警察だ』  彼はその言葉に、髪を揺らして首を振る。 「違うよ、(りく)さん。影無を捕まえるのはボクらだよ」 『あぁ、そうだな。で、次はいつ動く?』 「早ければ今晩にでもアレをお願いします。お仕事終わりなのに申し訳ないですけど」 『気にするな。じゃ、そろそろ家出るから、また何かあったら言ってくれ』 「はい。くれぐれも気を付けてください」  あぁ。という短い返事を残して、電話は切れた。  彼は切れた電話をベッドに放り、倒れこんだ。  この天井を眺めるのはあと何日だろう。長かったなぁと、事件に遭遇してからの十六年間を思った。  なんて無意味な人生だったんだろう。戻れるなら戻りたいかもしれないと思う自分もいる。でも、すぐさま心の中で囁かれる。 「無実の少女をお前は殺したんだ」  わかってるよ。と、生への憧れを殺し、目を閉じた。  起きていれば身体が苦しい。かと言って、夢の中へ逃げても、記憶の中の彼女は追って来る。お前も苦しめというように。  誰かと一緒にいたかった。  自分の存在を許してくれる誰かと。 何も知らない誰かと。
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