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ドーナツも無くなった所を見計らったように、女性署員が肩を叩いた。
振り返ると、プライベートでも交流があるほど仲の良い先輩の中川 明子だった。相手は四十歳と歳の差はあるが、そこに壁は感じないほど良くして貰っている。
振り返らずとも、いつもの力強い手の感触でわかってはいたが。
「お疲れ様です」
「ちょっと、話があるんだが良いか?」
いつもとは違う、笑顔に裏があるような嫌な感じだった。
連れて行かれた喫煙室には、誰もいなかった。もったいぶるように明子は煙草に火をつけて煙を燻らせた。
「未来も吸うか?」
「あ、じゃあ頂きます」
せっかく買ったタバコは鞄の中に入ったままだ。話があると呼んだ割には、一向に話す気配が無く、煙草はお互いに半分ほどが灰になって落ちた。
「あの、話ってなんですか?」
「いや、まず未来の方が私に話すことがあるだろう?」
「え……なんかしましたっけ?」
全くすっとぼける気も無く尋ねると、煌々と燃える煙草を押し付けるかのように、顔の前に向けて明子は凄む。
「先日、渋谷で男と歩いていたと聞いたが? 報告も無しか?」
「あ~、でもあれは財布拾ったお礼にってご飯一緒に行っただけですし。報告も何も……」
「どんな男だ? 歳は? 写メの公開を即時要求する」
「画像は持ってませんけど……ふんわりした感じのポメラニアンみたいな──」
さっきまでショッピングをしていたプライベート用のスマホが鳴った。珍しく電話だった。
「あ…………」
噂をすればなんとやらで、画面には『灰人君』の文字が映る。
「おま……例の男か……食事だけって…………」
「ちょっと、失礼します」
裏切り者を見るような、明子は眉間にしわを寄せて、鋭すぎる眼光を電話に出る未来に向けた。
それから逃げるように、喫煙室から出て話そうかと思ったが、どうせ大した話ではないだろうと、逃げたりはしなかった。
「もしもし……」
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