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「葵……」
イイ声と、無駄に整いまくった顔が近づいてきて、『まずは』という宣言通り上唇にカリッと歯が立てられた。
「ちょっ、ちょっと待って、とらさん!
やっぱり駄目よ。こんなに血がにじんでるんだもん。
やっぱ、千代菊さんにお手当してもらおうよ。この胸の傷! ねっ?」
「おあっ! おまっ、『手当』と口にするなら胸を叩くなっ」
「それから! 栗最中を食べた後は、キスよりもお茶!
取りあえず、お茶くださいぃぃ」
けれど、私が先に求めてるモノは、とらさんがスルッと流してしまった胸の包帯の真相(傷の具合)と――――水分だった。
「……ぷはぁ……。
あー、やっぱり水分補給、大事よねぇ。うん、大事、大事っ」
「もう一杯、どうだい?」
ゴキュゴキュとお茶を飲んでパッサパサに乾いた口内を潤してる私のお湯呑みに、荒井さんがお代わりを注いでくれた。
私がとらさんの胸をついうっかりバシッと叩いてしまって悲鳴をあげさせてすぐ、「おや? もう終わったのかい? 久々なのに存外に早いんだねぇ」なんて笑いながらお手洗いから戻ってきたこの人は、理由があって、膝立ちの体勢だ。
お尻の怪我って、出血量にさえ気をつければ命に別条はないんだけど、痛いし座れないしで、治るまで大変なんだって。
「ありがと、荒井さん。
お尻の怪我、早く治るといいね。座ることもできないなんて、つらいもんねぇ」
「そうなんだよ。おまけに格好悪いしねぇ。散々だよ。
桟橋で撃たれてそのまま海に落ちた時は、本気で、『もう駄目だ』と諦めかけたしねぇ」
「……とらさんがすぐに気づいてくれて良かったね。
ほんとに良かった……」
隣の控えの間をチラリと見てから、荒井さんに笑いかけた。
でも、ちょっとだけ泣き笑いみたいなカオになっちゃった。
今そこで千代菊さんにお手当されてるとらさんの胸の傷は、荒井さんを助けるために海に飛び込んだ時に撃たれたものだったと、さっき聞いたから。
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