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とらさんてば、自分も撃たれてるのに荒井さんを助けて。船に引き上げた後も、海水を飲んで意識不明になった荒井さんのお手当を優先させたんだって、聞いた。
自分からは絶対に言わないだろうからって、荒井さんがこっそり教えてくれたの。
このお部屋も、荒井さんの傷が回復するまではって、とらさんが借りてるんだって。
いわゆる特別室だから、造りも豪華で控えの間まであるのよ。
で、私にはその傷を見せたくないとか、わけ分かんないこと言って、今その控えの間で千代菊さんのお手当を受けてるわけ。
なんかぁ、カッコ良すぎじゃない? とらさんてばっ。
「……ん? あれ? そういえば、おかしいわ。
宵月先生は荒井さんの怪我のことは教えてくれたのに、とらさんのことはひと言も言ってなかったわよ? どういうこと?」
「あぁ、養楽堂の先生かい?
そういえば品川まで私たちのために出かけてくれて、その足で此処に来てくれたんだってねぇ。いやぁ、本当に悪かった」
「言われてみれば、今日は濃ゆい一日だったわぁ」
あんなにたくさんの怪我人さんたちに初めて会ったしねぇ。なかなかの経験だったわ。
そうそう、陰間茶屋さんの存在にも驚いたしねっ。
「白玉ぜんざいも美味しかったしぃ……って、脱線したわ。とらさんの怪我の話をしてたんだった」
「葵さん。それはね、私に原因があるんだよ」
「えっ?」
ずっと控えの間の様子を窺っていた私は、ここで初めて荒井さんの表情が沈痛なものに変わっていたことに気づいた。どしたの? 荒井さん。
「とらの傷口はね、養楽堂に着いた頃には、いったん塞がっていたんだよ。
だが、私を江戸に連れて返ってくれるために無理をして開いてしまったんだ。
私が、もう一日たりともあそこには居たくないと我が儘を言ったから。何もかも、私のせいなんだ」
我が儘って……てゆうか、荒井さんがそんなことを言うほどの何かがあったってこと? 江戸で、何か事件でも……。
「養楽堂のあの先生に言い寄られてねぇ。
本当に困っていたから、我が儘を言ってしまったんだよ」
「え……言い寄られてって……え?
しょ、宵月先生にってことは……ああぁっ!」
なっ、なんですってぇぇーっ!
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