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闇があった。 僕の周囲にだけは頼りないスポットライトのような光が頭上から五月雨のように降り注いでくる。それ以外は何もなかった。あるのはこの世のもの全ての色彩を奪わんとする暗がり。目に飛び込んでくる光景なんてものはない。暫く何もせずにそこに突っ立っていると自分が吐く吐息が何故か白くなっていることに気づいた。外気が寒いわけでも何でもないのに何故そのような現象が発生しているのか僕はぼんやりした頭で不可思議に思った。 その時、ふと背後に違和感を覚えゆっくり自分の背後へ振り返ってみるとそこには何者かが仁王立ちしており僕の様子をじっと一挙手一投足、見逃すまいと見つめていた。その人は夏に地元の小さな神社で開かれる夏祭りの出店で売られている鬼のお面を被っていた。鬼の面の目の部分は被った人の視界を遮らないように小さく穴が開けられていて、その穴から黒曜石のように黒く闇に煌めく瞳を覗かせている。 以前も述べたかもしれないが僕の住むこの地域には遠賀山の祠に鬼が出没すると昔からの言い伝えがあり、ごく一部の人しかその祠には入ってはいけないという決まりがある。厳密に言うと鬼や魔の類なのだがそこは割愛させてもらう。 だから鬼という物はこの村に住むものにとっては畏怖の念を抱かざるをえない存在であり外部の人間からするとこの村の住人達は異常者に見えるのかもしれない。科学が発達したこの世界で今でもお伽噺の世界の相手にびくびくと震えているのだからそう思われてしまうのは仕方のないことだし、僕も内心ではそんな存在は信じていない。 そんな僕でも山田君が仏像を破壊した時は肝を冷やし神罰を恐れ、災いが降りかからないかと恐れた。姉と母が異形と化す悪夢を見れば鬼によっての所業ではないかと疑いもするし、現に今だっておかしな物を見ている。 「君は誰なの?」 鬼の面を被った者は何も返答はしなかった。その代わりにゆっくりと右手を上げ自ら被っている面にその手を伸ばし、面を外そうとしている。 僕は息を飲んでその光景を見守っていたのだがいつの間にか霧のように目の前のその人物は消えた。それと同時に左耳に生暖かい風を感じた。背筋が凍えた。 「鬼だ。」 彼は僕の耳元でそう囁いた。
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