河川にて

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溺れている僕を助けてくれたのは斎藤さんであった。 彼女は山田達を一喝した後、身を挺してあの汚れきった川に飛び込み僕のような人間を救ってくれたのである。僕を地上へ連れ戻したと思えば彼女は山田達に詰め寄り見たこともない形相を顔に浮かばせ激昂していた。どうやら彼らが僕に対して振るった暴力行為の一部始終を目撃していたようで顔を火のように真っ赤にしながら怒りを露わにしている。 僕は川の水が気管に侵入してしまったせいで、激しく咳き込み身体はぐったりと疲労し地面に伏せってしまい、意識は朦朧とし、夢現な状態で彼女と彼らのやり取りをただただ聞いているだけだった。果たして僕は他人に救われるに値する人間なのだろうか。ましてや斎藤さんのような人に助けてもらうような人間なのだろうか。 彼女はお前たちのような卑怯者、不良共は大嫌いだと本人達の目の前で言い放った。加藤君の足元のビニール袋から転げ落ちた先ほど購入したのであろうタバコと酒を横目で睨みつけながらそう言い放ったのだ。 ああ、僕は斎藤さんから嫌われてしまう類の人種であると今はっきりと僕は分かってしまった。何故なら僕も彼らと同じように未成年であるのに飲酒をし彼らと共に行動をするのが少しでも楽しいと感じてしまったからだ。僕はすぐにでもここから消え去りたい衝動に駆られた。彼女を裏切ってしまったのだ。自分が助けた相手も目の前と同じ人種だと知った時の彼女はどんな心境になるだろうか。 堪らなく怖いと思った。死ぬのも怖い、暴力に身を晒されるのも嫌だ。だけど斎藤さんに失望されるのが今は何よりも怖かった。 ここから逃げたいという思いが強迫観念のように駆られ自らを急かしてきた。呼吸を整え、僕は自分の身体に鞭を打ち、おぼつかない足を右左と交互に前に突き出す。地に足がついてないような浮遊感があったが確かに一歩、一歩前に進んでいる。あの土手を登れば僕の自転車がある、それで家に帰るのだ。そこで僕は再び激しく咳き込んでしまった。 斎藤さんがそれに気づき彼らに怒るのを止め、心配そうに僕の所へ駆けよってきた。
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