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これしかなかった。私に残された娘を救う方法は、これしかなかったのだ。 妻が若い男と失踪した後、娘は私にとって宝だった。研究に没頭し、家庭を顧みなかった私に愛想をつかした妻が若い男に夢中となり、ついには娘を置いて失踪してしまったのも元はと言えば私が悪いのだが、娘はそんな私を疎むことも恨むこともなく私に愛らしい笑顔を振り撒いてくれた。 当時、小学生だった娘の世話を父親一人で行うのは決して楽なことではなかった。それでも、自分でできることは自分でやってもらいながら、なんとか父娘二人は幸せな時間を過ごした。 中学生では娘も少し反抗期を迎えていたものの、高校生にもなると娘は自分のことはもとより私の世話についても甲斐甲斐しくやってくれるようになった。 運命の日、娘は事故にあった。非常に重大な事故だった。娘は私を待っていたように、私の到着とともに病室で息を引き取った。私は悲しみに胸が張り裂けそうだったが、泣いている時間はなかった。 「お父さん、おはよう」 明るい娘の声に起こされて、私は目を覚ます。また研究に没頭するあまり、パソコンの前で寝てしまった。 「また、そんなところで寝て。風邪ひくよ」 「ああ」 私は起き上がり、珈琲メーカーから空のカップに珈琲を注ぐ。 「研究は順調?」 娘の質問に私は自信たっぷりに応えた。 「ああ、もうすぐで完成する。体細胞のデータから同一の身体を造る人体複製技術。これに、以前お前に施した脳から直接記憶や性格などのパーソナル情報を抽出し、コンピュータ内にデータ化する電脳技術を組み合わせれば、人は死を乗り越えることができる」 「楽しみだなぁ。そうしたら、こうやってパソコンのマイクやスピーカーを通してお喋りするだけじゃなく、昔みたいに一緒にご飯食べたり、お買い物行ったりできるね」 「そうだな。もうすぐだ」 私は頷き、珈琲を飲んだ。昔のように再び娘と共に暮らすことができる。それはかけがえのない幸せだ。しかし、娘もやがて妻のように男をつくり、私のもとから去ってしまうかもしれない。 しかし、大丈夫だ。もしそうなったとしても私はもう一人ではないのだ。私はコンピュータの記憶装置に収められた三つのデータを眺めて一人、頷いた。 娘のデータ。 そして、妻と妻をたぶらかした憎き男のデータ。
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