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まるで自身の愛刀と出会った時の高揚感に似ていて、何だか擽ったい気分になる。
恐らくこれは自分の分身を探すような感覚なのだろうと斎藤は思った。
日常生活で他の者と変わりなく過ごす為に必要なもの……。
そういえばそんなものを探す努力を、今までにした覚えが一度もなかった事にふと彼は気がついた。
世の大半が右利きの中、自分は左利きとして生まれてしまったという負い目が、その行為を斎藤から遠ざけていたのかもしれない。
でも今は快適に過ごせる努力をしても良かったのではと思い始めている。
斎藤は顔を自然と綻ばせ、早く出掛けたというつぐみが帰って来ないかとそわそわしだした。
「あぁ、ちかち(しかし)総司もいっちょに出掛けちゃのにゃら、帰りもおちょくなうやもちえ(れ)んにゃ」
彼は外面だけは良く、年寄りや子どもにはやたらと気に入られるからだ。
今頃は住職に茶でも出され、人の良いつぐみや敬助も断り切れずに縁側で寛いでいることだろう。
だが長年待ったのだから、今さら数分待たされようがどうということはない。
「ププッ、ひぢゃいちぇ(左手)用のハチャミちょはろ(ど)んなもにょなにょらおうか」
晴れやかな気分になった斎藤は、変わらず切れ難いハサミでチョキチョキジョリと、残りのチラシを手遊びに切り始めたのだった―――…。
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