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「……別に……」
逃げられないように服の裾を握り、質問を繰り返す。この期に及んで逃れるための非常口を探してるのだ。彼は。
「“別に”? じゃあ、どうして僕を避けるのさ。……中学からずっとだよ? 僕、何かした? 何かしたなら言ってよ!」
つい詰問口調になる。だって、本当にずっとだ。今年十九歳だから、十年までは行かないけれど、まともに口を利かないで七年だ。片手が折り返すところまで来ている。おかしいじゃないか。そして、ちょっと悔しいとも感じていた。
付き合いなら小学校一年からとして十年以上。あんなに仲が良かった僕には余所余所しく、他の人間には親しげなのだ。離れていた間、短い時間しか在っていなかった間こんなモノかと考えていたが、今日違うとはっきりした。悔しい外無い。
「……」
「ねぇ!」
勿論声量は抑え気味だけれど。荒くなってしまうのは仕様が無い。追及しても、彼は黙ったままだ。僕はしばらく重ねて詰問したけれど、言えば言う程彼の口は頑なに噤んだまま。僕も、ついに口を閉じた。もう、言うだけ無駄に思えて。僕は手に持っていたジュースの缶に口を付けた。そうして、しばし沈黙。僕は何だか疲れて来て、他のサークル仲間の元へ行こうと掴んでいた裾を放して、立ち上がろうとしたら────今度は逆に「……ってさ、」僕の二の腕が引かれた。
「え?」
小さな声で彼がぼそっと零す。僕は取り逃して聞き返した。僕の「え?」が癪に障ったのか「……だからっ、」彼の音量が大きくなった。これでも、抑制されていたが。
「だからっ、衝撃だったんだよ!」
「え、え、何が?」
「お前の性別がだよ!」
僕はぽかん、としてしまう。僕の、僕の性別って……。
「お前の性別! 今まで思ってたのと違ったんだぞ! 俺、自分で言うのも何だけど早熟だったんだぜ? 思春期に突入し掛けてた俺が、どれだけショックを受けたか!」
そ、そう言われても……。
僕は彼の、内容に似つかわしくない悲鳴染みた悲痛な叫びを聴きつつ、スカートの裾を、缶を持っていないほうの手でそっと握り締めた。
やさしかった彼が唯一僕に冷たくしていたのは、彼の思春期に受けたトラウマからだったらしい。
「……何か、ごめん……」
【了】
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