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私は気分が全然冴えなかった。
奈落の底に落ちていくかのように、急速に憂鬱へと向かっていくのを抑えることが出来ないのだ。
直樹にこれを読ませる前に決めた覚悟が、不意に私の胸を掠める。
見る見るうちに、胸に広がる不安感は煙のように膨らんでいき、再びその大部分を占めてしまっていた。
胸はざわざわと音を立て始めていく。
そうだ、私は直樹にこれを読ませる覚悟をしたんだった。
……そう。
私は今、とある巨大な問題に直面をしている。
心の深遠にはその意識はしっかりと残されていたのだが、直樹とのやり取りが私の中からその意識を和らげさせていた。
作者対探偵。
自分が書いた作品を読んでもらった後に推理をしてもらう。
直樹とは今までの間、この遊戯を幾度となく繰り返してきていた。
勝敗の判定は非常に曖昧でいつも引き分けだった。
犯人や証拠が当たっていても、私が用意した細部までの解答を、完璧に答えることが出来た時は今までに一回もなかったからだ。
だから今日は、初めて彼に花を持たせてあげた形になる。
私が用意した解答への筋道通りに彼は推理を展開し、途中に仕掛けられた落とし穴も見事に回避した。
本日ばかりは彼に脱帽で、素直に敗北を認めざるを得ない。
……だが。
『これはあくまでも始まりに過ぎない』
ということまで、彼には看破されているのであろうか?
そしておそらく、
『この遊戯も今日で最後』
だということも……。
彼は全てに気が付いているのか?
……雅美のM。
……『Mの予言』
直樹の力を借りずとも、自作の小説のタイトルは自然と浮かんできていた。
そして私の頭の中に、それに呼応するかのような声が響き渡る。
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