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部隊長が西側へ到着すると、紳士然とした男が、つば付きの帽子を手に持って立っていた。
その雰囲気は托鉢僧のようにも、怪しげなペテン師、あるいはそこそ悪魔のようにも感じられた。
その周りを幾重にも兵士が取り囲んでいる。
「私はここの指揮官である。お前は何者か」
部隊長がそう言うと、男が少し乾いてすぼまった口を開いて
「私は怪しいものではありません」
とだけ言った。
いや怪しい。
刹那のうちに部隊長は素性の知れない男の心を読みにかかった。
そして後悔した。
心を読み始めてコンマ数秒。
膨大な量の知識が頭を駆け巡った。
そして夥しい思考や思想、おぞましい心象風景、妄想の類、美しい景色、規範や規律の数々が彼女の脳を侵し始めた。
一秒と経たぬうちに彼女の頭は沸騰し、そして破裂した。
紳士は驚いて周りを見た。
周囲の兵士は臨戦態勢となりすぐさま読心を開始した。
兵士が次々と倒れる。
一部の兵士は増援を呼び、増援もまた倒れた兵士と同じ道を辿った。
幸い、逃げ出したものも多かったものの砦には誰もいなくなった。
哲学者の老人を除いて。
老人は憐れみを倒れた者たちにむけた。
彼は少しばかり黙祷した後、疫病か何かでこの者たちは倒れたのだと解釈した。
「暫く俗世から離れていて、わからなかったが疫病が流行っているとは」
老人はそう呟くと、新人類に支配されている別の街の方へ歩き始めた。
辺境のこの地で疫病が流行るのは非常に大変なことだ。
幸運にも私は未だ発症していないようだし、彼らの様子を見ても潜伏期間は長くないから安全だ。
そうとなれば、早く近くの街の人々へこの事を知らせてあげねば。
そう考えて街へ向かった老人の行動は、まさに聖人そのものであった。
しかし新人類にとっては悪魔の所業であったことは、もはや言うまでもない。
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