第一話【ミルクティーは甘い誘惑】

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第一話【ミルクティーは甘い誘惑】

    1  繁華街の一角にある小さなダイニングバー。午後八時過ぎの店内は、全ての席が女性客で埋まっていた。  絞られたオレンジの照明の下で、密やかなお喋りの声がそこかしこで花を咲かせ、フロアに流れるピアノの音色が彩りを添える。  ドリンクの種類が豊富で、ワインに合うアンティパストが売りのイタリアン。中は四人掛けのテーブル席三つとカウンター席五つという少人数向けの作りで、週末はいつも満席だ。平日とは言え盆休みを目前にした今日、予約なしに座れたのはラッキーだった。  カウンター席の右端には、学生らしき若い女の子三人組がいた。  私、藤沢美波(ふじさわみなみ)と叔母の花屋敷紫(はなやしきゆかり)は、その隣の席を案内された。  仕事帰りの私はいつもの出勤スタイルで。  薄いベージュのブラウスに同系色のジャケット、黒のタイトスカート。染髪していない黒髪ロングは、邪魔にならないようヘアゴムで一本に纏めている。  二十五という年の割にいつもファッションが地味だと言われるが、予想通り、ファッション命の叔母に開口一番、「なんだそのオバハン臭い服はぁっ!」とダメ出しを食らった。  一喝した叔母はと言うと、胸元がぱっくり開いたシャンパンゴールドのミニ丈ドレスに白いジャケット、ハマグリみたいに大きなパーツのネックレス、ドレスと同色のピンヒールを履いていた。緩いウェーブのかかった明るい茶髪が服に負けない自己主張をし、派手な顔立ちの彼女に良く似合っている。  可愛い姪との久々の再会だと言うのに、席についてからも叔母のダメ出しは続いた。 「美波はいいスタイル持ってるんだから、もっとその体型を生かす格好をしなきゃダメよ! だいたい、その色気もそっけもない髪型も何よ、なんで一本に縛ってるのよ。意味わかんない」 「……体のラインを出す服とか、痴漢してくれって言ってるようなもんじゃない」  小さい声で反論しても、紫さん(こう呼ばないと怒る)の主張は一ミリもぶれない。 「そんなの触って来た瞬間、股間を蹴りあげてやりゃいいのよ! 痴漢を恐れて女ができるかってのよ!」 「……私べつに、このままで困ってないし」 「困る困らないの話じゃなくて、あんたどれだけ宝の持ち腐れしてると思ってんのよ!」 「…………」  十年前から変わらぬやり取りにいい加減疲れてきた頃、店員がドリンクオーダーに現れて、ようやく私は一時の解放を得た。
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